① 「午後2時以降は飲まない」はどこから来た決まりなのか
この決まりを長いあいだ信じていました。ところが根拠をたどってみると、その時刻を明言している機関が見当たりません。
米国睡眠医学会は、カフェインは「就寝に近すぎる時間」に摂ると睡眠を妨げることがある、としか書いていません。オーストラリアの睡眠健康財団も「就寝に近い時間は避ける」までです。2023年のあるレビューがこの二つを並べて引用したうえで、この書き方では消費者が判断のしようがないと指摘していました。
時刻を特定できないのには理由があります。カフェインの半減期は、健康な成人のあいだでも2時間から10時間まで開きがあるからです。
② 確かなところから — 400mgは12時間前でも深い睡眠を削っていた
2024年、オーストラリアの研究チームがこの問いを正面から試験しました。23人にプラセボと100mg・400mgを、就寝の12時間前・8時間前・4時間前にそれぞれ摂ってもらい、計7条件で自宅での睡眠ポリグラフ検査を行っています。本人も研究者もその夜がどの条件かを知らされず、条件のあいだは48時間空けました。
400mgを就寝4時間前に摂った夜は、結果がはっきりしていました。
▸ 総睡眠時間 50.6分減
▸ 深い睡眠(N3) 29.7分減
▸ 睡眠効率 9.5%低下
▸ 入眠後に目が覚めていた時間 26.2分増
ここまでは予想どおりでした。驚いたのはその先です。
深い睡眠は8時間前に摂った夜も15.3分、12時間前に摂った夜も20.6分減っていて、三つとも統計的に有意でした。就寝12時間前というのは、夜11時に寝る人なら午前11時です。昼前に摂ったカフェインが、その夜の深い睡眠に残っていたことになります。
総睡眠時間は少し違う読み方が要ります。8時間前で28.7分、12時間前で30.0分減ってはいるのですが、p値がそれぞれ.076と.060で有意水準を超えませんでした。30分近い推定値を「影響なし」と書き換えるわけにもいかず、確認されたと言うこともできない場所です。
③ ところが100mgは4時間前でも検出されなかった
同じ人たち、同じ測り方です。100mgの条件では、客観指標も主観指標も、どの時点でもプラセボとの差が出ませんでした。就寝4時間前も同じです。
400mgは、この研究が「1日の推奨上限」と呼んでいる量です。100mgはおおよそコーヒー1杯分とみなされました。つまり同じ時刻に飲んでも、1杯と4杯とで結果が分かれたわけです。
ここで一つ注意が要ります。100mgで何も出なかったのは23人での帰無結果なので、「影響がない」ではなく「この試験では検出されなかった」までが正確です。
④ では「コーヒーは8.8時間前まで」という数字は何なのか
検索しているとよく出てきます。出どころは同じ研究チームが2023年に出したメタ分析で、クロスオーバー研究24件をまとめたものです。カフェインは平均して総睡眠時間を45分減らし、寝つくまでの時間を9分延ばし、深い睡眠を11.4分削っていました。
ただ、このメタ分析が実際に示したのは「8.8時間」という時刻そのものではなく、基準となる時刻が量によって動くという事実でした。
▸ 紅茶1杯(47mg) — 基準時刻なし。就寝直前でも総睡眠時間は有意に減りませんでした
▸ コーヒー1杯(107mg) — 8.8時間
▸ プレワークアウト1回分(217.5mg) — 13.2時間
夜10時就寝なら、コーヒーは午後1時12分まで、プレワークアウトは午前8時50分までになります。同じ人の同じ夜なのに、基準時刻が5時間近く開くのです。時計ひとつで答えられる問いではありませんでした。
そして、この8.8時間が何を測って出た値なのかも大事です。論文に定義がそのまま書かれています。「その用量において、効果量の95%信頼区間がゼロをまたがなくなる最初の時点」です。
言い換えると、その時刻からカフェインの影響が消えるという意味ではなく、その時刻から先は統計的に有意な減少がもう予測されない、という意味です。検出の閾値であって、体の中で起きていることの閾値ではありません。
この指摘は私が考えたものではなく、同じチームが翌年に自分たちで書いています。この基準時刻は統計モデリングから算出されたものなので、総睡眠時間が実際に何分減るのかがわからず、したがって臨床的に意味のある大きさかどうかを評価できない、と。
⑤ いちばん厄介な結果 — 本人は気づけなかった
この研究には、毎朝「昨夜はどの条件だったと思うか」を尋ねる手続きがありました。用量を当てた割合が44%、時刻を当てた割合が36%、両方を当てた割合が22%でした。
もっと目を引いたのは別のところです。8時間前と12時間前の条件では、深い睡眠が実際に減っていたのに、本人が感じた睡眠の質にはまったく変化がありませんでした。4時間前の条件でだけ「よく眠れなかった」と答えています。
つまり「自分は午後にコーヒーを飲んでもよく眠れている」という感覚は、影響がない根拠にはなりにくい。影響があってもその時間帯には感じられない、というほうに近い結果でした。
⑥ この研究が試していないこと
読みながら引っかかったところをそのまま残しておきます。
試したのはコーヒーではなくカプセルです。無水カフェインを、ブドウ糖のプラセボと重さも見た目も揃えたゼラチンカプセルに入れて摂ってもらっています。「100mgならコーヒー1杯くらい」という換算はこの研究が測った値ではなく著者が別の資料から持ってきたもので、メタ分析の「250mLあたり107mg」もオーストラリアの市販コーヒーを調べた値です。私たちが飲む一杯はサイズも豆も抽出も違うので、杯数をそのまま当てはめるより「いつもより多く飲んだ日」で見るほうが安全です。
用量はすべて一度に摂らせています。著者が限界として直接書いているのですが、同じ量を1日のうち何回かに分けて飲んだ場合も同じ結果になるかはわからない、と。ですからこの記事が言えるのは1日の総量ではなく、最後の一杯についての話です。
参加者は23人の男性で、40歳を超える人はいません。女性を除いた理由を著者が明かしていて、ホルモンの変動、とくに経口避妊薬がカフェインの半減期を延ばすことを挙げています。方向まで示してくれたわけで、女性の場合はこの基準がより早い側に動く可能性があります。
ただ、女性や中年層が根拠から丸ごと抜けているわけではありません。先のメタ分析24件のうち12件が女性を含んでいて、1件は参加者が全員女性、平均年齢が37歳・50歳・51歳・56歳という研究も入っています。若い男性の標本が与えてくれたのは用量と時刻の細かい組み合わせであって、カフェインが睡眠を妨げるという大枠そのものではありません。
遺伝子も測っています。カフェインの代謝と感受性に関わる二つの変異を参加者全員で調べ、有意な差は出ませんでしたが、そもそもそれを検出できる標本数ではなかったと著者自身が書いています。
⑦ では今日から何をすればいいか
いちばん実用的だったのは、メタ分析の著者が自分たちの数字に添えた一文でした。この基準時刻は出発点であって、各自が自分の睡眠の反応を見ながら量と時刻を調整してほしい、と。半減期が2時間の人と10時間の人に同じ時計を渡すことはできませんから。
▸ いまよく眠れているなら — 変える理由はありません。ただ最後の一杯が何時に、どれくらいだったかを把握しておくと、あとで睡眠が乱れたときに戻れる地点ができます
▸ 夜に寝つけない、途中で目が覚めるなら — 飲む時刻を早める前に、最後の一杯の量を先に減らしてみてください。この研究では時刻を4時間前から12時間前にずらしても深い睡眠は減り続けましたが、同じ時刻で量を100mgに下げたときは差が検出されませんでした
▸ すでに午後は飲んでいないなら — 午前に集中している量が400mgに近づいていないか見てください。朝に摂ってもその夜の深い睡眠は減っていました
もうひとつ。判断を昨夜の感覚に委ねないほうがよさそうです。この研究の参加者が自分の条件を当てられた割合が22%だったことを思えば、1日分の感覚より、2週間ほど同じ飲み方をして比べるほうが確かです。
問いを変えると答えやすくなります。「コーヒーは何時まで飲んでいいか」ではなく、「自分の最後の一杯は、いつ、どれくらいだったか」です。
睡眠が痛みにどう影響するかは、以前の記事で別に扱っています。
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barosit.com/community/p/e34f0606-e4d8-4580-986d-ab5439225057
出典
▸ Gardiner CL, Weakley J, Burke LM, ほか. Dose and timing effects of caffeine on subsequent sleep: a randomized clinical crossover trial. Sleep. 2025;48(4):zsae230(オンライン公開 2024-10-08). プラセボ対照二重盲検ランダム化クロスオーバー試験、男性23人(25.3±5.0歳、習慣的摂取量112.2±81.0mg/日)。400mg・4時間前:総睡眠時間 −50.6分(p<.001)、N3 −29.7分(p<.001)、睡眠効率 −9.5%(p<.001)、中途覚醒 +26.2分(p=.002)。N3は8時間前 −15.3分(p=.016)、12時間前 −20.6分(p=.001)。総睡眠時間は8時間前 −28.7分(p=.076)、12時間前 −30.0分(p=.060)でいずれも非有意。100mgはどの時点でも有意な影響なし。条件の言い当て:用量44%、時刻36%、両方22%。利益相反なし。
▸ Gardiner C, Weakley J, Burke LM, ほか. The effect of caffeine on subsequent sleep: A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev. 2023;69:101764. クロスオーバー研究24件。総睡眠時間 −45.3分(95%CI 29.0–61.5)、入眠潜時 +9.1分、中途覚醒 +12分、睡眠効率 −7%(CI 4.0–10.0)、N3+N4 −11.4分。メタ回帰で時刻(p=0.032)・最後の用量(p=0.037)がともに有意。基準時刻は「効果量の95%信頼区間がゼロをまたがなくなる最初の時点」と定義。バイアスリスクは低リスク16件・懸念あり3件・高リスク5件。利益相反なし。
この記事は医学的助言ではありません。カフェインを減らしても寝つけない状態が続く場合、原因がカフェインではない可能性があり、そのときは飲む時刻を調整するより睡眠そのものを先に見直すほうが適切です。動悸がする、不安が強くなるといった場合は量を減らし、症状が続くようであれば受診してください。妊娠中の方、心疾患・不安障害・逆流性食道炎のある方は摂取量の基準が別に設けられているため、主治医にご相談ください。