① 「うつむくと首に何キロかかる」という話
スマートフォンを見るときの首の角度が気になり始めたきっかけのひとつが、「15度うつむくと首に12キロかかる」といった数字でした。出どころを調べてみたのですが、人の首に秤を当てたわけではありません。2014年に出た計算モデルの研究です。
今回読んだ2025年の論文が、その研究を名指しでこう書いています。首を曲げるほど負荷が大きくなるという前提を提示した計算モデル研究であり、生体力学だけに基づいていて、痛みが複数の要因によって調節されるという点を考慮していない、と。
計算が間違っているという意味ではありません。ただ、モデルが出した負荷と、実際に1年後に誰が痛くなるかは別の問いです。そこで、後者に答えた研究を探しました。
② 首が痛くない396人を1年間追いかけました
ブラジルの研究チームが、首の痛みがない18〜65歳を集め、スマートフォンで文字を打つときの頸椎の屈曲角度を機器で直接測りました。アンケートで「よくうつむきますか」と尋ねたのではなく、角度計での実測です。
▸ 開始時457人 → 1年後に396人(87%)が追跡完了
▸ 測った角度は立位で平均34度、座位で平均36度
▸ 1年後に首の痛みを報告したのは40人、10人に1人ほど
そのうえで、その角度が1年後の痛みを予測したかを見ています。立位と座位を別々に分析しましたが、結果はほぼ同じでした。オッズ比1.01、信頼区間0.98〜1.04。つまり角度が1度大きくなったときに痛みの起こりやすさが変わったと言える根拠はありませんでした。痛みの頻度を尋ねた場合も同じです。
③ 代わりに一緒に動いたのは、睡眠と活動量でした
同じ分析で他の項目も見ており、そこで二つが痛みと一緒に動いていました。
▸ 睡眠の質が悪い側 — オッズ比1.76(信頼区間1.17〜2.63)
▸ 活動量が足りない側 — オッズ比2.41(信頼区間1.03〜5.65)
読み方にひとつコツが要ります。出発点は、1年のあいだに首の痛みを報告した人が10人に1人だったということで、オッズ比は「何倍痛くなる」と同じ意味ではありません。
とくに活動量のほうは、信頼区間が1.03から5.65まで開いています。1をぎりぎり超えただけなので、方向は見えるが大きさはぼやけている、と読むのが正確です。
もうひとつ正直に書いておくと、活動量がもっとも少ない「座位中心」の群はむしろ統計的に有意ではありませんでした(オッズ比2.39、信頼区間0.83〜6.86)。著者たちも、その可能性が示唆される、までしか書いていません。一日中座っている私たちにはいちばん響く箇所ですが、根拠はそこでもっとも薄いのです。
④ とはいえ「長く使うと首が痛い」という研究は確かにあります
ここで止めると片側しかお見せしないことになるので、反対側も探しました。同じ2025年に出たメタ分析があり、研究7編・参加者10,715人をまとめて、スマートフォンを使いすぎる人の首の痛みのオッズ比を2.34(信頼区間1.44〜3.82)と報告しています。
数字だけ見ると先の研究と正面からぶつかるように見えます。ところが両方を原文で読むと、測ったものが違いました。
▸ メタ分析が測ったのは使用時間と使用習慣です。先の研究が測ったのは首をうつむけた角度です
▸ メタ分析に入った研究は、著者自身が限界の項で書いているとおり、すべて横断研究です。ある一時点で「今首が痛いか」と「どれくらい使うか」を同時に尋ねたものなので、使ったから痛くなったのか、痛いから使い方が変わったのかを区別できません
▸ 研究間のばらつきが非常に大きい(I²が94%)。何を使いすぎと見なすかが論文ごとに違い、ある研究は1日のメッセージ20件超を基準にしていました
▸ 質の評価では、7編のうち5編がアウトカムの領域で1点しか得ていません。自己申告に頼っており、追跡期間が十分でないという理由でした
そして何より、そのメタ分析の著者たちが結論にこう書いています。はっきりさせるには今後の縦断研究が必要だ、と。その縦断研究が②の研究であり、そこで分かれたのは角度ではなく、睡眠と活動量でした。
⑤ この研究が試していないこと
読みながら引っかかったところをそのまま残しておきます。
睡眠の質を測った方法が単一の質問です。広く使われている睡眠質問票ではなく、「この1か月、寝つきや眠りに困ったことがありましたか」という質問ひとつに4つの選択肢でした。方向を見るには足りても、睡眠のどの側面が問題なのかまでは分かりません。
角度の測り方にも著者が但し書きをつけています。研究室で課題を行いながら取った首の姿勢が、普段スマートフォンで文字を打つときの習慣的な姿勢と有意に違うかどうかは、依然として分からない、と。測ったのはその瞬間の角度であって、一日を通じた角度ではありません。
参加者の平均年齢は27歳、70%が女性でした。範囲は18〜65歳とされていますが、実際には若い側に寄っていたということです。追跡期間が2020年と重なっており、著者たちは人々が普段より座りがちだった可能性があると記しています。
そしてこれは観察研究です。無作為に分けて片方だけうつむかせたわけではないので、言えるのは関連までです。
⑥ では何をすればいいか
この研究がくれたのは角度の目標ではなく、方向です。
▸ いま首が痛くないなら — 角度を測ったり矯正姿勢を覚えたりすることに時間を使う根拠は、この資料にはありません。睡眠と活動量のほうを見るのが、この研究が指している方向です
▸ うつむくのが心配で我慢していたなら — 角度そのものは1年後の痛みを予測しませんでした。ただし「だからいくらうつむいてもいい」までは、この研究は言っていません。測ったのはその瞬間の角度であって、何時間そのままだったかではありません
▸ すでに首が痛いなら — この研究は痛みのなかった人を追いかけたものなので、治療については何も述べていません。痛みが続く、腕にしびれが下りてくるといった場合は受診してください
BaroSitをつくる立場でこの結果をどう読んだかも、一行だけ書いておきます。ここから出てきたのは何度に合わせよという目標ではなく、どれだけ長くそのままでいたか、どれだけ動いたか、という軸です。私たちが合図を送っている理由もそちら側にあります。
問いを変えると答えやすくなります。「自分の角度は何度か」ではなく、「最近よく眠れているか、そしてどれくらい動いているか」です。
姿勢と痛みのつながりを最初に扱った記事、そして睡眠と活動量をそれぞれ掘り下げた記事が別にあります。
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barosit.com/community/p/c8e3f0b5-2d14-4f69-8a32-1b7c4d9e6f22
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barosit.com/community/p/e34f0606-e4d8-4580-986d-ab5439225057
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barosit.com/community/p/e7a2c4d6-1f38-4a59-b06d-3c8e2f7a9d41
出典
▸ Correia IMT, Ferreira AS, Gomes JFM, Reis FJJ, Nogueira LAC, Meziat-Filho N. Cervical flexion posture during smartphone use was not a risk factor for neck pain, but low sleep quality and insufficient levels of physical activity were. A longitudinal investigation. Braz J Phys Ther. 2025;29(6):101258. 12か月の前向き観察研究。首の痛みのない18〜65歳457人を組み入れ、396人(87%)を追跡。開始時に頸椎可動域測定器で屈曲角を実測(立位34度±12、座位36度±14)。1年後に首の痛み40人(10%)。テキストネックのオッズ比は立位1.01(0.97〜1.04)・座位1.01(0.98〜1.04)、睡眠の質1.77(1.18〜2.64)・1.76(1.17〜2.63)、活動不足2.46(1.05〜5.75)・2.41(1.03〜5.65)、座位中心2.39(0.83〜6.86)で有意差なし。利益相反なし、ブラジルの公的研究機関(FAPERJ・CAPES)の助成。
▸ Chen YJ, Hu CY, Wu WT, ほか. Association of smartphone overuse and neck pain: a systematic review and meta-analysis. Postgrad Med J. 2025;101(1197):620–626. 7編10,715人、調整オッズ比2.34(1.44〜3.82)、I²=94%。著者は限界の項で、組み入れた研究がすべて横断設計であること、全体の質が中程度であること、7編中5編がアウトカム領域で1点しか得ていないことを明記。使いすぎの定義が研究ごとに異なる点を異質性の原因として挙げ、結論で今後の縦断研究の必要性を述べている。利益相反なし。
▸ 本文で触れた2014年の計算モデル研究は原文を直接入手できておらず、上記2025年の論文がその研究について記した内容の範囲でのみ扱っています。
この記事は医学的助言ではありません。首の痛みが2週間を超えて続く場合、腕にしびれや脱力が下りてくる場合、転倒や事故のあとに生じた場合は受診してください。この研究は痛みのなかった人を追跡したものであり、すでに痛みのある方の治療については答えていません。